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郭子究自叙略伝

幼年期より音楽を好み、黄錦坤、林我沃、呉天賜の諸先生に就いて学んだ。それぞれ竪笛、バイオリン、ピアノを学び、得るところがあった。

 台湾の独立回復後、台湾省立の花蓮高校の専任音楽教員に招かれ、民国69(西暦1980)年、規定により依願退職した。健康状態もよく、音楽に対する情熱も衰えていなかったので、引き続き、私立大漢工商専門学校に招かれて音楽教師を担任し、台湾省立花蓮教育大学音楽科の教師を兼任した。音楽に関わった期間に都合38年になる。

 振り返ってみると、学生合唱団やブラス・バンドを指導して、省や県主催の音楽コンクールに参加し、優れた演奏によって教育局の嘉賞や入賞を得た。自作の合唱曲集や創作楽曲の方面でも好評を得、58年度学術創作賞を受けた。近作には花蓮県歌、教育局副局長陳漢強作詞の教師賛歌がある。花蓮での教員期間中は、積極的に地方音楽教育を推進し、東部地域の音楽レベルを高めることに努力し、定期的に学生の演奏会と作品発表会を開催した。それと共に、青少年からピアニストを育てることに努力し、大学へ昇進するための、音楽専攻の志望者に関連科目と技術を指導した。これまで指導して合格した音楽専攻の学生60余人になる。

 民国68年には、又台湾省特別優良教師の表彰を受けた。70年5月16日には、花蓮軍中テレビが「子究作品の金鐘の奨」を製作録音した。70年9月28日には、屏東復興テレビ製作の教師賛歌が全省に放映された。生涯を音楽教育にささげた者としては、音楽による教育と美育の長所は、個性の育成と社会との調和をはかる上で、最高のものだという思いがある。思うに、音楽教育に携わる者は、盾に重荷を負い、今後も持ち場をしっかり守り、不断の献身と努力を積み、教育方法の研究と創作上の向上を期し、国家社会に裨益できれば、幸福であろう(この文は、郭氏が中華テレビと教育テレビに提供したもので、優良教師表彰の際の自叙文である)。

郭子究音樂史料特搜計畫
  花蓮縣文化局